楽器や歌をやっていると、趣味・仕事にかかわらず多くの時間を費やすことになるのが練習です。
基礎練習に退屈さを感じつつも、曲の練習をしてもなかなかうまくいかない。良い音・良い演奏のためにひたすら練習する行為は、頂上の見えない山を歩いて登るかのような途方もなさすら感じます。
今回は、そんな楽器の練習で私たちが何を鍛(きた)えているのかについて、少し理屈っぽく考えた成果を共有します。
「手続き記憶」とは?
私たちが特定の動作や技能を行うために身につけた記憶のことを「手続き記憶」といいます。
自転車の乗り方やゲームの操作、スポーツの技術のような、一度身につくと意識しなくても自然にできるようになるのが特徴です。手続き記憶は、練習の繰り返しによって強化・定着させることができます。
楽器の技術も、この手続き記憶によって支えられています。新しい技術を身につけるために丁寧に身体に覚えさせていく作業こそが、練習の本質ということです。
うまくなるための3つのステップ
さて、「手続き記憶の強化こそ、より良い演奏のための近道だ!」と言い切ってしまいましたが、つまりはひたすら繰り返せば良いということでしょうか?
実際は、手続き記憶を獲得するにはいくつかの段階があるようです。
1. 要素に分ける
まずはじめに、習得したい技術や動作を要素に分解することです。
ピアノでいえば、右手・左手の動きや、音楽の流れのうえでなぜ・どのようにその音を出すべきかなどを分析します。初心者の場合は、もっと細かく分解しても良いでしょう。
2. 頭で理解する
次に、分解した要素を理解することで全体の流れを把握します。頭の中でイメージしたり、実際に少しずつやってみたりしながら理解を深めます。
ひとつのフレーズとその伴奏を組み立てるなら、右手の動き、左手の形、ペダリング……など、要素を組み合わせながら全体をまとめていきます。
3. 身体で覚える
最後に、身体で覚える段階に入ります。頭で理解した内容を楽器で実践し、何度も繰り返すことで、自然に身体が動くように定着させます。
指の動きや楽譜の読み方をあまり意識する必要がなくなるまで定着させることを目指します。
このようにして練習を組み立てることで「手続き記憶」として楽器の技術を身につけることができるわけです。
より良い練習のために
ここからは練習の効果をさらに高めるために、ステップごとのポイントを付け加えておきます。
1. 要素に分ける
楽器演奏は、短い時間のなかでとても多くの作業を同時にこなしています。音符を読む、指を動かす、呼吸をする、音を聴く……複雑な技術を小さな要素に分け、練習の必要な動作を選んでいくことになります。
選んだ要素について、上手い人の意見を求めたり、プロの演奏を聴いてみたりするのも良いでしょう。
2. 頭で理解する
前のステップで見出した要素を組み合わせていく段階です。たとえばピアノなら、連続した和音を次々弾くためにはどんなふうに左手の指を使うのか。管楽器なら運指や息づかいをどうすればうまくフレーズが吹けるのか。
感覚でも良いのですが、言葉で説明できるくらいに理解を深められるとなお良いかもしれません。
3. 身体で覚える
このステップで特に注意したいのが「正しい手順を身体に教えること」です。
まだあまりできていないうちからテンポをあげてしまったり、細部に注意を払うのをやめてしまったりすると、正しくできている感覚を身体に教えることができません。
それどころか、同じ場所ができていないまま反復練習を続けてしまうと間違える練習をしている状態になってしまうこともあります。
まずは落ち着いてゆっくり、部分部分から徐々に一連の動作へ、段階的に身体に覚えさせていくことを心がけましょう。
より良い音楽体験のために
しかし時がたつにつれ練習には退屈さがつきまとうようになり、たまに触れるすばらしい演奏に感動しつつも、自分の実力との隔たりに落胆することさえ、多くの人が経験しているでしょう。
演奏は積み上げてきた練習の成果が身体を動かし、その結果が自分の耳にも音楽となって返ってきてくれるものといえます。
上を見続ける向上心も大切ですが、振り返ったときの景色を楽しみに前へ進んでみるのも、音楽との向き合い方として間違ってはいないと私は思います。