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▼技術ではなく、「物語」を信じた人たちの歴史
現在では世界最高峰のアニメーションスタジオとして知られるピクサーだが、その始まりは映画会社ではなく、コンピューター技術の研究組織だった。
1970年代半ば、映画『スター・ウォーズ』の成功を受けた映画監督ジョージ・ルーカスは、映像制作に最先端技術を取り入れるため、ルーカスフィルム内に「Computer Division(コンピューター部門)」を設立した。この部門は、映像編集、デジタル音響、そしてコンピューター・グラフィックス(CG)の研究を目的としていた。
その中でCG研究を率いたのが、コンピューター科学者エド・キャットムルである。キャットムルは学生時代から「いつかコンピューターだけで長編アニメーション映画を作りたい」という夢を抱いており、その実現の場としてルーカスフィルムに参加した。共同創設者となるアルヴィ・レイ・スミスらも加わり、この研究グループは当時の世界最高水準のCG技術を次々と生み出していく。
しかし1983年頃から、ジョージ・ルーカスは離婚に伴う財産分与や映画制作費の増大などにより経営的な負担を抱えるようになり、Computer Divisionの売却を検討することになる。
1986年、この部門を買収したのが、Appleを去った直後のスティーブ・ジョブズだった。
ジョブズは約500万ドルで事業を取得し、さらに約500万ドルを運転資金として出資する。こうして独立した新会社「Pixar」が誕生したのである。
もっとも、この時点でピクサーはアニメーション制作会社ではなかった。主力事業は「Pixar Image Computer」という高性能コンピューターの開発・販売だった。この製品は医療画像解析や研究用途では高く評価されたものの、価格が10万ドルを超えることもあり、市場は極めて限定的だった。販売台数は伸びず、会社は慢性的な赤字経営が続く。
一方で、社内には少人数のアニメーション制作チームが存在した。その中心人物が、ディズニーから移籍したアニメーター、ジョン・ラセターである。
ラセターはディズニー在籍時代からCGアニメーションの可能性に着目していたが、当時のディズニーは手描きアニメーションが主流であり、その考えは受け入れられなかった。結果として彼は退社し、ピクサーで新たな挑戦を始めることになる。
ラセターが一貫して語っていたのは、「テクノロジーは物語を語るための道具である」という考えだった。CGそのものを見せるのではなく、観客がキャラクターに感情移入できる作品を作ることを最優先に据えたのである。
1986年に公開された短編『Luxo Jr.』は、その理念を世界に示した作品だった。卓上スタンドが親子として生き生きと動くわずか2分ほどの作品だったが、セリフがなくても感情が伝わる演出は高く評価され、CG作品として初めてアカデミー賞短編アニメーション賞にノミネートされた。このスタンドライトは現在もピクサーのオープニングロゴとして使われている。
続く『Red’s Dream』、『Tin Toy』でも技術と物語の融合はさらに進化し、1988年公開の『Tin Toy』は翌年、アカデミー賞短編アニメーション賞を受賞した。これはCG作品として初めての快挙だった。
しかし、芸術的な評価がそのまま経営の成功につながることはなかった。ハードウェア事業は依然として苦戦し、会社は資金不足に陥る。ジョブズは経営を維持するため、長年にわたり私財を投じ続け、最終的な投資額は約5,000万ドルに達したとされる。
転機が訪れたのは、ディズニーとの長編映画制作契約である。当時、フルCGによる長編映画は前例がなく、成功を保証する材料はほとんどなかった。それでもディズニーは、ラセターたちが短編作品で示した表現力を評価し、共同制作に踏み切った。
そして1995年、『トイ・ストーリー』が公開される。これは世界初のフルCG長編アニメーション映画となり、世界興行収入約3億7,000万ドルを記録する大成功を収めた。観客を魅了したのはCG技術そのものではなく、おもちゃたちの友情や成長を描いた普遍的な物語だった。
『トイ・ストーリー』の成功を受けてピクサーは株式を公開し、スティーブ・ジョブズは筆頭株主として莫大な資産を築く。この成功は、後にAppleへ復帰する際の大きな後ろ盾ともなった。
ピクサーの歴史を振り返ると、その成功は革新的なCG技術だけで生まれたわけではないことが分かる。エド・キャットムルが技術の未来を切り拓き、ジョン・ラセターが物語を磨き上げ、スティーブ・ジョブズが長年にわたり赤字を支え続けた。この三者の役割が揃って初めて、ピクサーは世界を代表するスタジオへと成長したのである。
ピクサーの誕生は、「優れた技術が優れた作品を生む」のではなく、「優れた物語を届けるために技術が存在する」という哲学が、事業としても証明された歴史だったと言える。
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